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概要

ho2vol114

1事件簿より相続は人間関係の縮図です浜松支部 名波 直紀 田中さんは、息子さんと共に事務所を訪れた。先日、母親が亡くなり相続手続きを進めたいとのことであった。息子さんは第一印象から爽やかで、名刺には「A株式会社・代表取締役」とあった。その後、田中さんの名刺を受け取ると同じく「A株式会社・取締役」という肩書きがみえた。聞けば先代から続く小さな町工場を、代々引き継いでいるとのこと。 「会社の経営の方はいかがですか?」息子さんに尋ねると「お陰様で順調です」とやはり爽やかな声で答えが返ってきた。「それはいいですね」と答えながら、ふと横に座る田中さんの顔をみると、目を細めて満面の笑みを浮かべていた。「田中さん、良かったですね。私もいろいろな会社の社長さんとお話をしますが、会社の引継ぎには皆さん悩んでいらっしゃいますよ。息子さんに上手くバトンタッチできてよかったですね」「それは、私も本当に喜んでいるんですけどね・・・」満面の笑みを浮かべていた田中さんの顔が、今度はみるみるうちに曇りだしたのだった。 「どうしました?」と尋ねると「ほかでもない、母親の相続のことですが・・・実は、息子に任せた会社の敷地が母名義なんです」とのこと。そこで私は、いくつかの質問を投げかけてみた。「相続人さんは何名いらっしゃるのですか?」「私と弟の二人です」「弟さんはどうお考えなのですか?」「それが、まだ、しっかりと話ができていないんです。ただ、弟は父の相続のときにも自宅の敷地を相続していますし、母の面倒を見たのは私です。それなのに、母の相続の話になると、むっとした顔をして家の中に引っ込んでしまうんです」 私はさらに質問を続けた。「お母様の財産はその土地のほかに何かありますか?」「農協に少しだけ定期が残っています」「田中さんは、どうされたいのですか?」「土地を私の名義にし、事業を継ぐ息子に託したいです」 ここで私が「田中さんのお気持ちはわかりました。ただ、ご存知のとおり、お母様の遺産を分けるには、弟さんともしっかり話し合っていただき、その結果を遺産分割協議書という書面にする必要があります」と説明するや、田中さんは口を真一文字に閉じて沈黙してしまった。 その様子を見ながら横にいた息子さんが「先生、それは父も分かっているんです。ただ、叔父が・・・」と割り込んできた。 少し沈黙が続いた後、私はゆっくり田中さんに話しかけた。「私からどちらがどれくらい貰うべきだとは言えません。お二人でとことん話し合って決めていただくことになります。ここからは、一般論として聞いてください。兄弟にはそれぞれ想いがあります。相続は今までの人間関係の縮図です。そして、兄弟には光と影があると私は感じています。例えば、親がかけてきた言葉の積み重ねが長い時間をかけて、光と影をつくってしまっています」 すると田中さんが、重たい口を開いた「そういえば、弟はいつも私に会うと?兄貴ばかり“と言っていました」 「そこにヒントがあると思いますよ」私はすかさず、一枚の紙を用意して目の前にあるコップに横からその紙を当てた。「これではコップは動きません。でも・・・」と今度は、コップの下に紙を敷いてその紙を横に引っ張った。すると田中さんは「なるほど、下に入り込めば動くのですね」とつぶやいた。 「まずは、弟さんの話をしっかりと聞いてあげてください。聞くに堪えない言葉を浴びるかもしれません。でも、それは弟さんの心に溜まっている心の膿と思って聞いてあげてください」私の説明にしばらく沈黙を続けた田中さんは「やってみます」と凛とした声で返事をしてくれた。 それから半月後、田中さんが突然事務所を訪れ「先生、ありがとうございます」と深々と頭を下げた。顔を上げるとそこには息子さんを見て満面の笑みを浮かべたときと同じ細い目をしながら、「弟と話し合いをすることができました。ありがとうございました」と話す田中さんがいた。 「そうですか。頑張られましたね」との私の言葉に「はい、頑張りました。少し辛かったですけど」と少し苦笑いをしながらも、田中さんの顔は、息子さんへの事業承継の道が開けた安堵感でいっぱいであった。対立した兄弟の想い・・・vol.114 ホーツーあなたに寄り添う法律家静岡県司法書士会??