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概要

ho2vol115

1事件簿より成年後見人の選挙付添い体験記浜松支部 榛葉 隆雄 平成25年7月21日に実施された参議院議員選挙は、複数の方の成年後見人に就任している私にとっても、記憶に残る日となった。それは、その年の4月に他界されたAさんとの関わりが影響しているかもしれない。 私がAさんの保佐人に就任したのが平成21年10月。その後、事情が変わって平成24年4月に改めて成年後見人に選任されたのだが、Aさんが成年被後見人となって初めて行われた選挙が平成24年12月の衆議院議員選挙であった。入所していた施設から電話があり「Aさんが選挙に行きたいと言っている」という。おそらくAさんは、それまでの人生において、ごく当たり前に選挙に行っていたのであろう。そして今回は、足腰が弱っているからその介助を求める意味で「選挙に行きたい」と申し出られたのだと思う。 しかし、その期待に反する回答をしなければならない私の気は重かった。法律の条文や成年被後見人に選挙権がないことについて論じた学者の論文をコピーして、私はAさんのもとへ向かった。「Aさん、今、Aさんは投票ができないんですよ」。単刀直入に切り出した。間を置いてAさんは、「そうか」と言ったきり後は沈黙が続いた。説明しなければならないことは山のようにあるはずなのに、全く話が進まなかった。 それからわずか7か月というのに劇的な変化だった。私は事前に、Bさん、Cさん、Dさんに「選挙がありますよ」と伝えた。 Bさんは、いつも饒舌でご機嫌だ。訪問するたびに「ここの人はみんな親切で、ごはんもおいしい」と言ってくれる。選挙のことを話すと「行かない」と即答した。Bさんにとって、目的が何であろうと外出することによって身体の健康を害することが心配なのだという。 実は、Bさんのいる施設は県選管の指定する老人ホームであり、施設長が不在者投票管理者となり、外部立会人の立会いのもと、事前に施設内で投票できることになっていた。私が訪問した日がまさにその不在者投票の日だったので、Bさんは外出せずに投票できたのだが、「行かない」という決意は固かった。 いつも新聞を隅々まで読み、テレビのニュースにも通じていると評判のCさんは、選挙のことを話すとはじめは戸惑っていたが、とても喜んだ様子を見せ「ここへ来て、はじめて言われたぞ」と返した。ごめんね、今まではそういう制度だったから、と言うほかない。Cさんも、成年後見人が選任される前までは、ごく一般的な市民生活を営んでおられ、支持する政党もあったようだ。投票所へ向かう車中、Cさんは、昨今の社会情勢についていろいろな解説を聞かせてくれた。私は、選挙公報を渡して、一応投票の方法について説明しておいた。Cさんは投票所でも、自然な振る舞いだった。ただ、字を書くことが困難だったので、代理投票をお願いした。 代理投票とは、自ら投票用紙に候補者の氏名等を記載することができない場合に、その選挙人の意思に基づき、補助者が代わって投票用紙に記載する制度だ。今回の法改正で、代理投票の要件に係る表現が「身体の故障又は文盲」から「心身の故障その他の事由」に改められたことから、Cさんも利用しやすくなったはずだ。 知的障害があって幼少期から施設に入所していたDさんは、50歳になる今日まで選挙に行ったことがなかったようだ。「選挙」が何か、ということを短時間で説明するのは難しい。Dさんは、投票所に着いても1時間近く選挙公報を眺め続けていた。私は求めに応じてそれを読み、投票の方法を説明した。ようやく決心し、やはり代理投票をお願いしたが、投票を済ませるまで相当時間がかかった。出て来たDさんに「お疲れさんでした。がんばりましたね」と声をかけると、一事をやり遂げた満足感が漂っていたように感じた。「次も選挙に来ますか」と聞くと「あんたが来てくれるなら」と答えてくれた。 Aさんが生きていたら、どうだろう、喜んだろうか。いや、やはり、「当たり前のことだ」と一蹴しただろうな、と思う。法改正で変わった成年被後見人の選挙権。投票箱??vol.115 ホーツーあなたに寄り添う法律家静岡県司法書士会