ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

ho2vol116

1事件簿より存在しない銀行名義の抵当権浜松支部 青島学海 ある日、同じ町内のAさんが登記事項証明書を片手に事務所にやってきた。なんでも、住宅ローンを組んで自宅を建て替えようと準備を進めていたが、金融機関から「土地に付いている抵当権を抹消することが融資の条件」と言われたとのこと。 住宅ローンを組む場合には、建築する建物とその敷地に抵当権を設定する必要があり、金融機関は、第1順位の抵当権を設定することを融資の条件とするのが一般的だ。今回のように別の抵当権がすでに登記されている場合、第1順位で登記することができないので、新たに融資を受ける際の障害となることがある。 抵当権の抹消は、融資をした金融機関と、土地や建物の所有者とが協力して法務局に申請する必要があるが、普通はそれほど難しい手続きではない。そんなことを考えながら、Aさんが持参した登記事項証明書を見ると、抵当権者(融資をした金融機関)は「合名会社甲銀行」となっており、さらに登記された日付は「大正五年」となっている。「甲銀行」という銀行は聞いたことがないので、私は甲銀行とこの抵当権について調査をした。 調査の結果、甲銀行は昭和初期に解散登記がなされており、清算人が1名選任されていたが、その清算人もすでに他界しており、今では会社を代表する者がいない状態となっていることが判明した。さらに、その数十年後、国によって甲銀行の登記簿は閉鎖され、登記簿上は甲銀行が存在しない会社となっていた。 本来、解散後の会社は清算業務を行い、すべての清算業務が完了したらその旨を登記して登記簿を閉鎖することにより、完全にこの世から消滅する。しかし、甲銀行のように、何らかの事情により、解散しているが清算業務が完了しないまま、清算業務を行う清算人(解散前の社長が行うことが多い)が不存在となっている場合がある。このような場合には、利害関係人が裁判所に申し立てることによって、清算人を選任してもらうことができる。 また、もうひとつの方法として、何らかの事情により、会社の代表者が存在しない会社を相手方として裁判をしようとする場合には、裁判を起こす者が裁判所に対し「代表者がいないために手続きが遅れることで、一定の損害が生じる」ということを疎明することで、特別代理人の選任を求めることができる。こちらは、会社が解散しているか否かを問わない。 Aさんの場合、特別代理人を選任する方法も選択できるが、手続きが遅れることによって一定の損害が生じるのかどうかの検討が必要であり、そもそも裁判に訴えて判決を受けるには、ある程度の時間を要することになる。 一方、大正時代に設定された抵当権であれば、既に債務は完済していると考えるのが自然だ。仮に債務が残っていると考えても、消滅時効の要件を満たすものと推測されるので、いずれにせよ、債務は存在しないことになる。この抵当権に関する資料が存在しない現状では、清算人も同じように考え抹消登記に協力してくれるのではないか…。 そこで今回は、清算人の選任を求めることとし、申立書と添付書類を整えて裁判所に提出した。清算人選任の決定がされるまでに1か月程度はかかるものと思っていたが、意外にも数日で選任決定書が届き、当初の見込みどおりに清算人の協力をえて甲銀行の抵当権を抹消することができた。 半年後、Aさんから新居の住宅ローンの登記手続きの依頼を受けた。Aさんが思い描いていた自宅が完成したようだ。解決のために土地所有者ができることは?抵当権6vol.116 ホーツーあなたに寄り添う法律家静岡県司法書士会