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概要

ho2vol116

事件簿より2 浜松支部 中里 功天国へ届けた賃金 彼から相談を受けたのはある年の8月初旬。3月末に勤務先から一方的に解雇され、次の職場も決まらないとか。聞けば解雇前2か月間の給料も未払いで、数か月間は貯金を切り崩す生活が続いたが、いよいよ蓄えも底をつきそうだとのこと。 「何とか少しでも取りたい!」 彼はこう訴えたが、二つ返事で引き受けられる事案ではなく、いくつかの課題を検討しなければならなかった。 その一つ目は、費用の捻出方法だ。蓄えを食いつくした彼にとって切実な課題ではあるが、この点は「民事法律扶助」を利用することで解決が得られる。法テラスが運営する制度で、資産と収入が一定の要件を充たす方は、弁護士や司法書士に裁判手続きを依頼する際にその報酬の立替払いを受けることができる。利用者には無利息・長期分割償還が認められるため、彼のようにまとまった費用が用意できない方でも、裁判手続きをあきらめる必要はない。 課題の二つ目は回収方法。この手の裁判では、裁判を起こす労働者の側で就労時間の立証をする必要があるが、彼の手許には勤怠状況を克明に記録した「勤務表」が残っていたため、裁判に勝訴する見込みはある。しかし、この会社はすでに仕事もほとんどない状態とのことで、回収が難航することは必至の状態だったのだ。 正直なところ、この点は何の目途も立たないまま訴訟に着手することになった。「訴訟を通じて会社側が任意に支払いに応じるかもしれない。でも、そうでなければ、ダメ元で取引のある金融機関の預金口座を差し押さえてみるくらいしか・・・」言葉を濁す私の背中を「何もしなければ、このまま1円も取れませんから・・・」という彼の一言が押し出してくれた。しかしこの時、私にも、そして彼自身にも気付かなかったもう一つの大きな課題が現実のものとなりつつあったのだ。そう、彼の体は、病魔に襲われていたのだ・・・ 最初の相談から半年が経過した翌年2月、裁判所から勝訴判決が言い渡された。未払賃金全額と解雇予告手当を合わせた72 万円余りに加え、法律の規定にしたがった遅延損害金の支払いが会社側に命じられた。 会社側からの控訴はなく、勝訴判決は確定した。彼にそのことを報告するため、私は市内の病院に向かった。彼の肝臓は末期の癌に襲われており、このときすでに余命半年の宣告を受けていたのだ。 当初の方針どおり、ダメ元で銀行口座を差し押さえたが、予想どおり残高は数円。「やはり回収できないか・・・」 そう思いつつも手掛かりを求めて会社の事務所周辺を観察に出向いた私は、1台のトラックに目を止めた。周囲の風景からは不釣り合いなほど、そのトラックは白く光っていた。 早速、病室の彼にトラックのことを聞いてみたところ、そのトラックは彼が解雇された1年ほど前、事故の保険金で購入したばかりのものとのこと。「ローンもないはずだ・・・」  抗癌剤に苦しむ弱々しい、しかし一縷の希望を帯びた答えが返ってきた。 陸運局で自動車登録事項証明の交付申請をしたところ、会社名義のトラックであることが確認できた。彼の言うとおりローンもなさそうだ。中古車販売業を営む知人の話では「200万円は下らない」とのこと。やっと回収の目途が見えてきた。 ここからは時間との闘いだ。彼が元気なうちに回収金を届けるため、急いで「自動車強制競売申立書」を作成し裁判所に提出した。すると間もなく、会社側から「全額を支払う」との連絡が入った。トラックを失えば仕事ができなくなるため、身内に頭を下げてお金を用意したらしい。 私の報告に、涙を浮かべて喜んだ彼は、病室の一画で震える手を押さえながら和解書に自身の名前を刻んだ。 遅延損害金や競売申立てのための実費を含め107万円余りが回収できたのはすでに9月初旬。私は回収金を、彼の仏壇に供えた。和解書に署名した3日後、彼は天国へと旅立っていたのだった・・・一方的に解雇された時、未払いの給料は回収できるか?賃金7 vol.116 ホーツーあなたに寄り添う法律家静岡県司法書士会