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概要

ho2vol117

事件簿より2木漏れ日に覗く笑顔志太・榛原支部 見城 美妃 ある昼下がり、会議室には張り詰めた空気が充満していた。それもそのはず。一堂に会したのは、生活が立ち行かなくなった彼を、これまで精一杯支援してきた人々である。私は誰にも分らないように、スーッと静かに深呼吸をし、意を決して静寂を破った。「彼の成年後見人に就任しました。よろしくお願いします」強張った表情の人々が、私に視線を集めた。 私が彼の成年後見人に就任したのは、桜が美しく咲き誇る春だった。市長から申立てがなされ、家庭裁判所から公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート静岡支部に推薦依頼があり、私が選任された事案である。依頼文書には、預貯金が数千円であること、収支はプラスマイナスゼロであること、そして多額の負債があることが記されていた。「破産」という言葉がよぎるほどの財政状況であり、私は頭を抱え突っ伏した。八方塞がりとは正にこのこと。悶々と思考を巡らすことにどの位の時間を費しただろうか。私は出口を見つけられないまま、とにかく彼を知ろうという想いに至った。そんな私に共感を示した支援者の一人が、この会議を設定してくれたのだった。 私が挨拶を終えると、支援者たちが堰を切ったように話し始めた。近所からの苦情、行政の関与が始まった経緯、入院直前まで暮らしていた悪臭漂うゴミに埋もれた生活空間、難航する退院後の居所確保、追われる負債と逼迫する家計・・・報告される内容は惨憺たるものだった。そして更に、あの言葉を聞くことになる。「あんな親、親じゃない・・・」そう発したのはこれまでどんな状況でも、彼を一番近くで支援してくれた唯一の子どもある。自らの生活を犠牲にせざるを得ない状況であった。何度も何度も切っても切れない親子の縁を呪った。それでも「親子だから」と彼をサポートしてきた。そしていよいよ、自分が過労で倒れてしまったと告白された。心の奥底から発せられた悲痛な叫びだった。仲の良い親子だったはずなのに・・・こうなる前に何かできることはなかったのだろうか。一つ、またひとつ、と心に錘を投げ込まれているような心地であった。 気が付くとずっと下を向いていた私は、会議終了の段になり、やっとの思いで顔をあげた。そこでは変わらず、皆の視線が私に注がれていた。ただ何かが違った。強張った皆の瞳の奥から、「彼を頼む」という深い想いを感じ取った。 いよいよ成年後見人である私の職務が始まった。成年後見人の業務は、財産管理事務と身上監護事務がある。身上監護と言っても、成年後見人である私が直接彼の介護に従事するわけではない。彼の状況に合わせた介護サービスを導入できるよう、施設の担当者やケアマネジャーと共に検討し、契約し、費用を支払うことを担当するのだ。そしてより本人の意思決定を尊重し、より生活の質の向上を実現できるよう、日々の財産管理を行っていかなければならない。しかしながら、今回は難解だ。どこまで担えるだろうか。 早速、後見人の最初の仕事である財産調査を開始した。市内に支店をもつ金融機関全てを回り、取引の有無について調査する。祈るような気持ちで窓口を訪れ、「取引はありません」の言葉を聞き肩を落とす。「取引があります」「えっ!?残金は?」「15円です」・・・。残高証明書を発行してもらう資金もなく、改めて解約にくる旨を伝えて重い足取りで店舗を後にする。それでも全て回りつくした頃には、就任時に把握していた口座以外に全3口座を新たに発見し、総額10万円程の預金が確認できた。次に負債額の確認に回った。債権者にとっては面倒な話であろうが、本当に彼が支払うべき内容なのか、1円単位まで明細の確認に歩く。やがて2本の負債について時効の成立が確認できた。ため息の連続でも諦めずに歩みを進め、真っ暗なトンネルの中に明るい光を見た。 改めて施設に足を運ぶと、そこには七福神の恵比寿様のように、穏やかな笑顔を浮かべる彼がいた。少しずつ信頼関係が構築されてきたと感じた私は、恐る恐る子どもの名前を出してみた。すると彼は、一段と穏やかで柔らかな笑顔を浮かべ、子どもの思い出を丁寧に思い出しながら語り始めたのだった。先の会議で出会った子どもの瞳が脳裏に浮かび、人生の歯がゆさに胸が締め付けられた。今、子どもは何を想い、今、彼は子どもに何を届けたいのだろう。そして私は、何ができるだろうか。目の前にある彼のこの笑顔が絶えることがないよう、しっかり向き合っていこうと心に決めた。 時が経ち、紅葉した木々が美しく景色を彩る季節となった。木漏れ日の中で子どもの思い出話を語らいながら、今日も穏やかな笑みを浮かべる彼がいる。おもり八方塞から解決へ!奔走する成年後見人の活動vol.117 ホーツーあなたに寄り添う法律家11 静岡県司法書士会