ブックタイトルHO2.vol118

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概要

HO2.vol118

 確かに人はある種のリスクを避けるため、目の前の出来事から本能的に目を背けることがある。それは、あまりに凄惨な光景から受ける心理的ダメージを回避するためであったり、単純に嫌悪感からだったりする。しかし、ことお金の問題については、目の前にある問題から目を背けて佇むだけでは、事態は好転するはずもなく、やがてそれは思いがけず大きな困難として再び目の前に現れるのだ。 A子さんからのメールによる問合せを受けたのは、春まだ遠い、2月初旬の頃でした。問合せの内容は「家族に内緒で借金整理をしたい」というものでしたが、内容だけではどのように対処すべきか判断できず「詳しい内容をお知らせください」という返送をするのが、精一杯の対応でした。 その時の私には、そのメールが長い年月ひとり逡巡を繰り返し、時に勇気を奮い立たせ、時に重圧に押しつぶされていたA子さんからのやっとの思いの救難信号であったことを、知る由もありませんでした。 やがて3月になり、春の兆しがそこかしこに見られるようになった頃、A子さんから新たなメールが届きました。そこには、心労のため体調を崩し、連絡ができなかったこと。5年以上前、家計が厳しくて借入れをしたが返済が困難となり、いろいろと手続きを執ったけれども、結局どれも放置してしまったことなどが書かれていました。また、さらに大きな問題点として、既に裁判所から通知が届いていることも書かれていました。 裁判所からの通知が「訴状」なのか「支払督促」なのか判明しませんが、話の内容から、いわゆる時効の制度を利用できる状況だと思い、すぐに資料を持参して来所いただくことをお願いしました。 ところが、約束の日にA子さんが持参した書類は、裁判所からの封筒が二通。ひとつは訴状、もうひとつはなんと判決書でした。 訴状を確認すると、やはり時効の主張が可能な内容でした。しかし、判決日から既に一ヶ月近くが経過して判決も確定しているため、反論の余地がないように思われました。 借金を抱えている方の傾向か、自身が置かれている状況を客観視することなく、目の前に現れた事実から目を背けてしまい、まるでその事実がないものとして過ごしてしまう方が多いように思われます。ただし、目を背けたからといって、借金がある事実がなくなるわけではなく、見えない場所でむくむくと成長し続けているのです。やがて何倍にも成長した頃それは、大きな恐怖として再び目の前に現れるのです。 私自身も「もはや打つ手なしか」とA子さんと返済に関する相談をし始めたところ、封筒に郵便局の再送付のタグが付いていることに気が付きました。A子さんに確認したところ、不在通知が入っていたため、後日郵便局に取りに行ったということでした。 判決というのは言渡しによって確定するのではなく、判決書を受領した日から二週間が経過して初めて確定します。そう、まだ二週間が経過していなかったのです。裁判所にも確認したところ、やはりA子さんには、まだ控訴する余地がありました。 その後はA子さんと十分な打ち合わせをし、控訴審で時効の援用を主張することや、場合によっては遠方の裁判所に出廷して、相手方と対峙し、A子さんの言い分を堂々と主張していくことを確認し、大至急控訴状を提出することとしました。 A子さんは硬い表情のまま、現実と向かい合い、決して逃げないことを約束し、裁判所からの通知を待つことを約束してくれました。結果相手方は時効を認め、裁判を取り下げる旨の書類が提出され、本件は無事に解決しました。 どんなに嫌なことでも目を背けてはいけない。現実に対峙し、適切な対応を取っていく。A子さんの笑顔をはじめて見ました。15家族に内緒でした借金の重圧から問題を放置した結果は・・・1事件簿より富士支部 鈴木 一郎目を背けずに対峙する6vol.118 ホーツーあなたに寄り添う法律家静岡県司法書士会